目次
はじめに
シーシャ(水たばこ)の市場では、時代の変化に伴い多くのブランドが隆盛を極めた後に衰退し、中には倒産・消滅に至った例も少なくありません。本レポートでは、過去に存在したものの現在は市場から姿を消した代表的なシーシャブランドを網羅的に取り上げ、それぞれの特徴や全盛期の人気、そして消滅に至った理由を詳しく分析します。また、ブランド消滅に影響した業界内外の要因(競合との競争激化、市場トレンドの変化、規制強化、スキャンダル等)や、他ブランドへの吸収・統合の事例、さらには復活・リブランディングの試みについても言及します。最後に、現在も生き残っている成功ブランドとの比較を通じて、なぜ一部のブランドは生き残り、一部は淘汰されたのかを考察し、業界全体の動向や教訓をまとめます。
Nakhla(エジプト)- 老舗伝統ブランドの衰退
【背景・特徴】Nakhla(ナハラ)は1913年創業のエジプトの老舗シーシャたばこブランドで、世界で初めてグローバル展開されたシーシャ銘柄として知られています。伝統的なダブルアップル風味(Two Apples)は世界で最も売れているシーシャフレーバーとも言われ、長年にわたり世界中の愛好家に親しまれました。Nakhlaの製品は無洗浄の葉を用いた昔ながらの製法でニコチン含有量が高め(0.5%程度)であり、水分が少なく扱いやすい反面、近年の他ブランドに比べると煙が軽めでした。この「手軽さと素朴な味わい」がヘビーユーザーから高く評価され、伝統的フレーバー(ダブルアップルやミントなど)は長期にわたり定番として君臨しました。
【全盛期の人気】20世紀後半から2000年代にかけて、Nakhlaは中東のみならず欧米やアジアでもシェアを拡大し、“シーシャと言えばNakhla”とまで言われる存在でした。特にダブルアップルの人気は不動で、シーシャバーでも家庭でも常備されるフレーバーの代表格でした。また価格が比較的手頃であったことも普及を後押しし、同ブランドは世界シェアトップとも称されました。
【衰退と消滅の理由】しかし2010年代に入ると、市場環境の変化と競争激化によりNakhlaの地位は徐々に揺らぎ始めます。最大の転機は2013年、日本たばこ産業(JT)による買収でした。グローバルたばこ企業の傘下に入ったことで経営資源は拡充しましたが、一方で伝統的ブランドの機動性が損なわれ、市場のニーズへの対応が遅れたとも指摘されます。事実、買収後に一部人気フレーバー(例えば“Mizo”ラインのレモンなど)が生産終了・季節限定化されるなど製品ラインナップの整理が行われ、長年親しまれたフレーバーが入手困難になる事態が生じました。加えて、消費者嗜好の変化も逆風となりました。後述する他ブランドがグリセリンを多く含み煙の量が多いモダンなフレーバーを次々投入する中、従来のNakhla製品は「クラシックだが地味」と見なされ若年層の支持を失っていきました。伝統路線を維持するNakhlaに対し、競合のAl FakherやStarbuzzはパッケージ刷新や新フレーバー投入でブランドイメージを近代化し若年層を取り込んだため、相対的にNakhlaの印象は古びてしまったのです。また中東地域における近年の課税強化も痛手となりました。2019年前後にサウジアラビアなど湾岸諸国でシーシャたばこに100%以上の高額課税が導入されると、値頃感が魅力だったNakhlaは価格競争力を失い、市場縮小に拍車がかかりました。
【最終局面とその後】こうした要因が重なり、2019年頃までにNakhlaは国際市場から急速に姿を消していきました。買収企業であるJTはブランドを存続させる意向を示しており、近年パッケージデザインを刷新するなど再起を図る動きもありましたが、往年の地位を取り戻すには至っていません。事実上、Nakhlaは百年の歴史に幕を下ろした形です。ただし一部地域では細々と流通が続いており、エジプト国内などでは細々と販売されているとの情報もあります。伝統ブランドの象徴であったNakhlaの退場は、老舗であっても市場の変化に適応できなければ淘汰されるという業界の厳しさを示す例と言えるでしょう。
【教訓・ストーリー性】Nakhlaの興亡は、「伝統 vs 革新」という観点で語られます。クラシックな風味と手頃な価格で長年愛されたブランドが、大手への吸収や市場の近代化によって徐々に存在感を薄めていくストーリーは、一種の栄枯盛衰劇です。古き良き味を惜しむファンの声も根強く、Nakhlaのダブルアップルを懐かしむ声は現在でもシーシャコミュニティで聞かれます。しかし、そうした郷愁も時代の流れには抗えず、ビジネス的には革新を怠ったブランドとして教訓視されています。
【Nakhlaの吸収・統合・復活の試み】前述の通り、NakhlaはJTによる買収(吸収合併)のケースにあたります。統合後、ブランド名自体は残されましたが、実質的にはJT傘下の一製品ラインとなり、経営の独立性は失われました。JTは買収当初、「伝統ある水たばこブランドを取得したことで新フレーバー開発など投資を強化する」と発表していましたが、結果として目立った新展開はなく、既存フレーバーの整理縮小に留まりました。近年、一部で限定的にパッケージリニューアルなど復活の試みもみられますが、往時の勢いを取り戻すには至っていません。
Tangiers(アメリカ)- カルト的人気を誇った職人ブランドの行方
【背景・特徴】Tangiers(タンジアーズ)は2000年代半ばに米国カリフォルニアで誕生した職人工房系のシーシャたばこブランドです。創業者エリック・ホフマン氏は化学の知識を活かし、独自の高ニコチン配合「ノワール(Noir)系」たばこを開発しました。Tangiersのシーシャは**非常に濃厚な煙と強いキック感(酔い)**が特徴で、通常のフレーバーよりも扱いが難しい反面、愛好家には「玄人好みの逸品」として熱狂的支持を受けました。またエリック氏はシーシャの器具にも工夫を凝らし、ファネル型(Phunnel)ボウルと呼ばれる中心に穴が一つだけ空いた特殊なデザインのボウルを考案した人物としても知られます。このファネルボウルはTangiersの濃厚なたばこを効率よく燻らせるための発明であり、その後業界全体にも広く普及しました。Tangiersのパッケージはシンプルな真空パックに手書き風のフレーバー名ラベルという手作り感あふれるもので、創業者の「大量生産ではなく品質本位」という哲学を体現していました。
【全盛期の人気】Tangiersは一般的なシーシャバーや初心者向けブランドではなく、主にコアな愛好家層に支えられて発展しました。オンラインのシーシャコミュニティや専門店で評判が口コミ的に広がり、特に**「Cane Mint(ケーンミント)」**など一部フレーバーは伝説的な人気を博しました。米国内のみならず海外(ロシアや欧州など)でも「Tangiers好き」のカルチャーが形成され、一時期は入手困難になるほどの人気となりました。ブランドの姿勢も独特で、創業者エリック氏自身があまりメディアに出ず裏方に徹したことも相まって、「知る人ぞ知るカルトブランド」としてのステータスを確立しました。
【衰退と消滅の理由】Tangiersの転機は2021年1月、創業者エリック・ホフマン氏の急逝でした。彼はわずか50歳で肺塞栓のため亡くなり、その訃報は世界中のシーシャファンに衝撃を与えました。Tangiers社は公式に「エリックの遺志を継ぎ営業を継続する」と発表し、長年勤める副社長のテス・カスティーヨ氏が新たなリーダーに就任しました。しかし、カリスマ創業者を失った影響は大きく、生産や品質管理に支障が生じたとの指摘があります。実際、氏の死後しばらくしてTangiers製品の供給は不安定となり、多くの小売店で在庫切れが続く事態となりました。また米国FDAの規制強化も追い打ちをかけました。2016年の米FDA規則では、2007年以降発売のたばこ製品は販売継続にあたり事前認可が必要と定められました。Tangiersはニッチブランドゆえにこうした高額な認可プロセスに対応する余力が乏しく、市場からの撤退を余儀なくされた可能性があります(公式には明言されていませんが、2020年代に入り米国内でTangiers製品を目にする機会は激減しました)。
【現在の状況と試み】Tangiersブランド自体は公式に「廃業」と宣言されたわけではなく、一部製品は細々と販売が続いているとも言われます。ただ、往年の活気はなく事実上ブランド消滅に近い休眠状態となっています。エリック氏亡き後に新経営陣で復活を図る動きも見られましたが(例えばフレーバーの一部リリース再開やパッケージの微変更など)、従来ファンからは「味が以前と変わった」「供給が安定しない」といった声も上がり、完全復活には至っていません。Tangiersの物語は、創業者個人の才覚に負うところが大きかった職人ブランドが、その柱を失ったことで瓦解したケースと言えます。業界内では「Tangiers亡き後、その市場ニーズを他の米国産ダークリーフ銘柄(TrifectaやAzureなど)が引き継いだ」と評されており、ブランドそのものの復活は不透明です。
【吸収・統合のケース】Tangiersに関しては、他社による吸収や統合といった事例は確認されていません。むしろ一代限りの個人経営ブランドの終焉に近い形です。ただし、Tangiersが残した技術(ファネルボウル等)やフレーバー哲学は業界に大きな影響を与えました。競合ブランドが類似の高ニコチン路線に参入したり、Tangiers風味の再現を試みる動きも散見され、Tangiersの精神は別の形で引き継がれているとも言えるでしょう。
Argelini(ヨルダン/米国)- セレブとも提携した新興ブランドの栄光と破綻
【背景・特徴】Argelini(アルジェリーニ)は2011年設立の比較的新しいブランドで、本社は中東ヨルダンにありつつ米国など世界市場を強く意識したグローバル志向のシーシャブランドでした。最高経営責任者のSue Kassis氏ら経験豊富なスタッフが運営し、フランス産ゴールデンバージニア葉と自社製ハチミツを使った高品質ブレンドを謳うなど、「最高だけを届ける」というモットーを掲げていました。製品特徴としては化学添加物や着色料を含まないナチュラル志向や、クリーミーオレンジやグレープフルーツミントなど斬新なフレーバー開発に力を入れていた点が挙げられます。またパッケージも100g, 250g, 750gの各サイズで高級感のあるデザインを採用し、全体的にプレミアム路線のブランドイメージを構築しました。
【全盛期の人気】Argeliniは設立から数年で急成長し、2010年代半ばには一大ブームを巻き起こしました。その象徴的出来事が人気ラッパー「Tyga」との提携(2015年)です。Tygaは自身のヒット曲「Hookah」でも知られる愛煙家で、Argelini社は彼とパートナーシップを結び共同フレーバーライン「Argelini Elite」を発売すると発表しました。このニュースは米国の若年層を中心に大きな話題となり、音楽シーンとシーシャ文化の融合として注目を集めました。実際、TygaコラボフレーバーやArgeliniの「Icy Grape」「Creamy Orange」といった独特の味わいは高い評価を受け、当時のフレーバーランキング上位に食い込む人気でした。さらにArgeliniは積極的に各国の展示会やマーケティングイベントに出展し、「シーシャ業界の新星」として急速に国際知名度を高めました。
【衰退と消滅の理由】しかし、Argeliniの栄華は長くは続きませんでした。2010年代後半になると突如市場から姿を消し、ファンを驚かせました。その消滅理由は明確に公表されていませんが、いくつかの要因が推測されます。
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規制とコストの壁:Argeliniは米国市場で成功を収めていましたが、2016年に施行された米FDAのたばこ製品認可制度により、新興ブランドに厳しいハードルが課せられました。既存製品を継続販売するには高額な申請と科学的証明が必要となり、中小ブランドには負担が大きかったと考えられます。Argelini社がこの申請を行った形跡はなく、規制対応コストに耐えられず米国市場から撤退した可能性があります。
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競争激化:Argeliniが台頭した時期、同じプレミアム路線の競合ブランド(例えばドイツ発のChaosや米国発Trifecta、ブラジル発Zomo等)が次々登場し、市場はレッドオーシャン化していました。Argeliniの売りであった「煙の持続性と濃厚な味」は他社も追随し始め、独自性が薄れたことでシェア争いに敗れた可能性があります。
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経営上の問題:急成長した新興企業にありがちな在庫管理や流通網の問題も指摘されています。あるユーザーは、Argeliniが米国から撤退する際に在庫処分セールが行われたことを示唆しており、何らかのビジネス上の不採算や投資トラブルがあったのではないかと見る向きもあります。
以上のような理由から、Argeliniは2018年前後までに事実上倒産・解散したと見られます。公式サイトやSNSも更新が止まり、製品も市場在庫のみとなりました。
【吸収・統合・復活の試み】Argeliniに関しては、他ブランドへの吸収合併や統合といった報道はありません。急速に立ち上がり急速に消えたブランドであり、資産や技術が他社に引き継がれた形跡も見当たりません。また復活やリブランディングの試みも確認されていません。一部の愛好家は「Argeliniに代わるお気に入りを探している」として、AzureやSerbetliなど別ブランドを代替に挙げています。ブランド消滅後、Argeliniならではの「長時間持続する濃厚フレーバー」を懐かしむ声はあるものの、市場では他社製品がそのニーズを埋めてしまったため、復活を望む声も次第に小さくなっているのが現状です。
【ストーリー性】Argeliniの興亡は、「スターダムから突然の失踪」という劇的なストーリーです。音楽スターとの華々しいコラボで脚光を浴びながらも、規制や競争の荒波の中で儚く散ってしまった姿は、一種のベンチャー企業の成長と挫折の物語とも言えます。業界関係者の間でも「あれほど話題を振りまいたブランドが、なぜ?」という驚きとともに語り草となっており、シーシャ業界の栄枯盛衰の象徴として記憶されています。
Sahara Smoke(アメリカ)- 先駆者的ブランドの停滞と消滅
【背景・特徴】Sahara Smoke(サハラ・スモーク)は2000年代初頭に米国ジョージア州で創業したブランドで、当時まだ珍しかった西洋発のシーシャ総合ブランドとして注目されました。Sahara Smoke社は、美しい装飾のガラス瓶を持つ「ジーニー」(魔法のランプ風)と呼ばれるエキゾチックなデザインの水パイプや、複数のホースを接続できる大型フーカーなどを製造し、また付属品として開発したVortexボウル(渦型ボウル)は特許取得された革新的商品でした。VortexボウルはTangiersのファネルと並び称される、シーシャの汁漏れ防止と煙量アップを両立したデザインで、当時市場に革命を起こしました。こうしたハード面での成功に加え、Sahara Smokeは**自社のシーシャたばこブランド「Hookah-Hookah」**を展開しました。Hookah-Hookahタバコは米国産のブロンド葉を使用したライトな吸い心地で、フレーバーもフルーツ系からスイーツ系まで豊富に取り揃え、初心者やカジュアル層に人気を得ました。また後にユーザー考案ブレンドを商品化する「Hookah-Freak」ラインも投入し、ファンコミュニティとの結びつきを強化する先進的なマーケティングも行っていました。
【全盛期の人気】2000年代後半から2010年代前半にかけて、Sahara Smokeは米国シーシャ市場の草分け的存在として隆盛を極めました。特にHookah-Hookahのユニークなフレーバー(例:「ピーナッツバター」「バナナパンケーキ」等)は当時としては斬新で、家庭向けシーシャたばことして一定のシェアを持っていました。またSahara Smoke製の水パイプは高品質かつデザイン性が高く、カラフルなガラス瓶はインテリアとしても人気でした。同社のオンライン直販も活発で、米国内のみならず海外から取り寄せるファンもいたほどです。総じて、「米国シーシャ文化のパイオニア」として業界に貢献したブランドと言えます。
【衰退と消滅の理由】しかし2010年代中盤以降、Sahara Smokeの存在感は薄れていきます。公式サイトの更新停止やSNSの沈黙から察するに、2021年前後までに事業が停止したとみられます。その主な要因として以下が考えられます。
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市場トレンドへの適応遅れ:SaharaのHookah-Hookahたばこは軽めの吸い心地でしたが、2010年代には濃厚な煙と強いニコチン感を求めるユーザーが増えました(TangiersやDarksideなどダークブレンドの台頭))。またフレーバーも競合がよりリアルな果実味や複雑なデザート系を充実させる中、Hookah-Hookahの味付けは「人工的で単調」と評価されるようになりました
。こうした嗜好変化に対応する新製品投入が遅れ、次第に選択肢から外れていきました。
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経営資源の不足:Sahara Smokeは家族経営的色彩が強く、大企業と比べ規模が小さいため、FDAの認可取得問題やマーケティング戦略で後手に回りました。2016年のFDA規制では既述の通り費用と手間のかかる手続きが課せられましたが、同社が積極的に対応した様子はなく、市場から撤退する道を選んだ可能性があります。
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競合他社の圧力:米国市場ではStarbuzzやFumariといったブランドが大資本を背景に攻勢を強め、店舗の棚スペースや消費者の関心を奪っていきました。Sahara Smokeはニッチな直販路線でしたが、競合がオンライン展開やプロモーションを強化すると、その優位性も失われていきました。
こうした中、Sahara Smokeは2021年頃に事業を終了したと推測されます。公式Instagramも2021年10月以降更新されず、ウェブサイトも閉鎖されたままです。
【吸収・統合・リブランディング】興味深いことに、Sahara Smokeは別企業による買収・統合が噂されています。reddit上の業界関係者のコメントによれば、2022年頃に「Sahara Smokeは買収され、新ブランドとして再出発する予定」との情報が流れました。これは同社の製品ラインや知的財産を引き継ぐ意図があることを示唆しています。しかしその後具体的な新ブランド名や製品は明らかになっておらず、計画が頓挫したのか水面下で進行中なのかは不透明です。もし実現すれば、ブランド存続のためのリブランディング事例となりますが、現状ではSahara Smokeは市場から姿を消したままとなっています。
【ストーリー性と教訓】Sahara Smokeのケースは、**「先駆者も安住すれば衰退する」**というストーリーです。先んじて市場を開拓しイノベーションを起こしたブランドが、その成功に慢心したわけではないにせよ、新たな波に乗り遅れたことで徐々に淘汰されていく様子は示唆に富みます。かつてはVortexボウルなど画期的商品で名を馳せた同社が、最終的には他社に追い抜かれひっそり姿を消したことは、イノベーションの継続と市場適応の重要性を物語っています。
Panorama(ヨルダン)- 地域紛争に消えたローカルブランド
【背景・特徴】Panorama(パノラマ)はかつてヨルダンで生産されていたシーシャ用モアセル(モラセス)ブランドです。2000年代にヨルダン国内や近隣で親しまれ、レモンミントなど自然で爽やかな風味が特徴でした。製品の品質は高く、セッション(喫煙時間)の持続も良好で、「派手さはないが飽きの来ない味」として愛好されていました。当時、同国の代表的ブランドとしてAl Fakher(UAE製)がありましたが、Panoramaはそれに次ぐローカル人気を誇ったと言われます。
【全盛期の人気】2010年前後、ヨルダン在住者や中東諸国の一部でPanoramaは一定のシェアを持っていました。特にレモンミント味は絶品との評価があり、地元では定番の銘柄だったとの証言があります。ヨルダン周辺ではシーシャカフェや個人輸入でPanoramaが流通し、派手さはなくとも根強いファンに支えられていました。
【衰退と消滅の理由】しかし、このブランドは中東地域の政情不安に翻弄される形で市場から消滅しました。2010年代初頭から激化したシリア内戦や周辺国の紛争の影響で、生産拠点が被害を受けたと伝えられています。ある愛好家は「長年Panoramaを取り扱っていたヨルダン人から、イスラエルとイランの長期戦争(※実際はシリア内戦と推測)の影響で工場が被害を受けたと聞かされた」と証言しています。公式な記録こそありませんが、内戦によるインフラ破壊や物流寸断がブランド運営を困難にし、そのまま復旧できなかった可能性が高いです。また同時期、ヨルダンではMazayaという新興ブランド(2010年設立)が台頭し始め、政府の後押しもあって急速に市場を席巻しました。Mazayaは近代的工場と大規模宣伝で国内外に進出し、結果としてPanoramaのような小規模ブランドの居場所が失われた側面もあります。戦火と市場競争という二重の試練により、Panoramaは2010年代半ばまでに完全に姿を消しました。
【吸収・統合・復活の試み】Panoramaに関して、他ブランドへの統合や復活の試みは確認されていません。戦禍に巻き込まれ消滅したブランドという特殊事情もあり、その資産がどこかに引き継がれた様子もありません。ブランド名「Panorama」は現在では歴史の中の名前となっており、Mazayaなどの成功でヨルダン国内の需要が満たされた今、復活を望む声もあまり聞かれなくなりました。
【ストーリー性】Panoramaの物語は、「時代と運に翻弄された地方ブランド」といえます。実力ある製品であっても、戦争という不可抗力には勝てず、静かに消えていった様は哀愁を帯びています。同ブランドを愛用していた一部の愛好家は「昔のPanoramaのレモンミントは格別だった」と懐かしむものの、それも過去の思い出となりました。シーシャ業界は嗜好品産業ゆえ基本的には平和産業ですが、Panoramaのケースは地政学リスクがブランドの命運を握ることもあるという点で異色のエピソードです。
その他の消滅したブランド一覧
上記で詳述した以外にも、過去に存在したものの現在はほぼ姿を消したシーシャブランドが多数あります。ここでは簡単にいくつか挙げ、その特徴と消滅理由をまとめます。
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Al Amir(アルアミール):2000年代に米国市場で流通した中東系フレーバーブランド。フルーティーな味わいが特徴でしたが、StarbuzzやAl Fakherの陰に隠れ徐々に市場から消滅しました。目新しさに欠け競争に敗れた典型例です。
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HookahFina(フーカフィナ):米カリフォルニア発のブランドでスタイリッシュなパッケージと多彩なフレーバーを売りにしていました。2010年前後に人気を博しましたが、一時的なブームに留まり、競合優位の中で撤退しました。
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Fusion(フュージョン):米国で2005年頃登場したブランド。グァバやカプチーノなどユニークな風味がありましたが、ブランド力が弱くFumariなど他社に市場を奪われました。
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Fantasia(ファンタジア):鮮やかな缶デザインとカクテル風味(「アディオス」「インクレディブル・ハルク」等)で一時代を築いた米国ブランド。派手なマーケティングが功を奏しましたが、「若者へのアピールが過剰」として批判も受けました。近年FDAのフレーバー規制で製品削減を迫られ、米国内での存在感は大幅に低下しています。現在も限定的に存続していますが、黄金期と比べると事実上淘汰された状態にあります。
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Ugly(アグリー):2015年前後に米国イリノイ州で生産されていたブランド。「オレンジキーフ」など濃厚な甘味系フレーバーが人気を集めましたが、流通トラブルや供給不足が続き、現在は公式サイトも品切れ状態で事実上活動停止とされています。
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Alchemist Mix(アルケミスト・ミックス):2015年頃に登場した米国ブランドで、バーボン樽熟成フレーバーという独自路線で注目されました。斬新さで話題を呼びましたが長続きせず、数年で消滅しました。奇抜なアイデアも持続的成長には繋がらなかった例です。
以上のように、大小様々なブランドがシーシャの歴史に登場しては消えていきました。その背景には各ブランド固有の事情もありますが、共通して業界全体の潮流や外部環境の影響が見て取れます。次章では、これらブランド淘汰の共通要因と業界動向について整理します。
シーシャブランド淘汰の共通要因と業界動向
上で見てきた複数のブランドの興亡から浮かび上がる、共通する要因や業界全体の動向を以下にまとめます。
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消費者嗜好の変化への対応力: シーシャ愛好者の嗜好は時代によって大きく変化します。伝統的なフレーバーや軽い吸い心地が好まれた時代から、現在では濃厚で個性的なフレーバーや強いニコチン感を求める声が増えました
。例えばNakhlaが衰退した一因は「古典的フレーバー中心でモダン路線への転換が遅れたこと」、Tangiersは逆に「ニッチすぎて一般需要に応えられなかったこと」が挙げられます。市場のトレンド(大量の煙が出る甘いフレーバー、あるいは高ニコチン路線など)に合致しないブランドは淘汰されやすいのです。
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規制強化と法的環境: 近年各国でたばこ規制が強化され、シーシャ業界も例外ではありません。特に米国FDAによるフレーバー製品規制は2016年以降大きな影響を与えました。2016年の「Deeming Rule」施行により、シーシャたばこも販売継続にFDA認可が必要となり
、FantasiaやArgelini、Sahara Smokeなど小規模ブランドが市場撤退に追い込まれました。さらに一部の都市・州ではフレーバーたばこ販売禁止の動きも出ており、経営リスクが高まりました。中東でも2019年前後にサウジアラビアがシーシャ提供店に100%課税を課すなど、法規制により業績悪化したブランドがあります。法遵守コストを負担できない企業、規制対応が遅れた企業から市場を去っていった状況です。
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市場競争とブランドの差別化: シーシャ市場の成熟に伴いブランド乱立が起き、競争が激化しました。2000年代は数社しかなかった主要ブランドも、2020年代には世界中から数十以上のブランドが参入しています。それに伴い製品のコモディティ化も進み、独自性の薄いブランドは生存が難しくなりました。例えばArgeliniは当初ユニークでしたが、類似コンセプトの競合が増えると埋没しました。差別化戦略として、より品質を高める、コストを下げる、あるいはマーケティングでブランド価値を高める必要がありますが、それができなかったブランドは淘汰されました。
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スキャンダル・品質問題: 幸いシーシャ業界で致命的スキャンダルは多くありませんが、いくつかのケースではブランドイメージへの打撃が見られました。例えばFantasiaは若者向け派手路線が団体から「子供を誘惑している」と批判されイメージ悪化につながりました。また品質面での不祥事(製品リコールや成分表示問題)は表面化していませんが、ユーザーの口口コミで「最近味が落ちた」「◯◯のロットでカビが見つかった」等の噂が広まれば小ブランドには致命傷となりえます。消費者の信頼を損なうような出来事があったブランドは生き残れず消えていきました。
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大手企業による吸収・統合: 業界再編も進んでおり、大手たばこ企業がシーシャブランドを取り込む動きがあります。NakhlaはJTに買収されましたし、米国では大手流通企業がFantasiaの独占販売権を取得するケースもありました。吸収されたブランドは資本力を得る一方、従来の良さが失われることも多く、ファン離れを招くことがあります。逆に、それにより市場から消滅するブランドもあれば、新ブランドに生まれ変わるケースもあります(Sahara Smokeの買収再生計画など
)。ブランドの寿命が大手の戦略次第で決まる側面も出てきています。
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パンデミック等の外的要因: 2020年前後のCOVID-19パンデミックはシーシャ業界にも打撃を与えました。各国でシーシャバーの営業停止やパーティ文化の自粛が起き、需要が激減しました。耐えきれず倒産したメーカーもあるとみられます。またパンデミックを機に衛生面の懸念から共同で吸うシーシャの人気が一時低下し、その隙に電子たばこ(Vape)市場が拡大したことも伝統的ブランドには逆風でした。こうした突発的外因も弱いブランドから順に市場から押し出す結果となりました。
以上のように、「ブランドが消える理由」には様々な角度がありますが、根底には市場環境の変化にいかに適応できるかが問われていることが分かります。次に、そうした変化を乗り越えて現在も成功を収めているブランドとの比較から、生き残りの秘訣を探ります。
成功ブランドとの比較:なぜ一部は生き残り、他は淘汰されたのか
同じ市場変化の中で、淘汰されたブランドもあれば生き残りさらなる成功を収めているブランドも存在します。その明暗を分けた要因を、いくつかの代表的成功ブランドとの比較で分析します。
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Al Fakher(アルファフカル)vs Nakhla: ともに中東発の老舗ですが、Al FakherはNakhlaとは対照的に市場変化へ巧みに適応しました。Al Fakherは伝統フレーバーの品質維持に努めつつ、新フレーバーも定期的に投入し、パッケージデザインも刷新して若い世代にも訴求しました。経営面でもグローバルな販売網を構築し、各国の規制にも積極対応しています(例えばEUの規制に合わせニコチン表示や50gパック展開を行うなど)。一方のNakhlaは上記の通り革新が遅れました。守るだけでなく攻めの戦略を取ったブランドが生き残った好例です。
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Starbuzz(スターバズ)vs 中小米国ブランド: Starbuzzは2005年創業の米国ブランドで、「Blue Mist(ブルーミスト)」に代表される極めて甘く煙の量が多いフレーバーで大成功を収めました。競合が増える中でもStarbuzzが今なお業界大手である理由は、絶え間ないブランド展開力にあります。例えば豊富なフレーバーライン(Exoticラインに加え強めのBoldラインや葉巻風味のVintageラインなど派生シリーズ展開)、製品の多角化(自社で炭やパイプ、電子シーシャペンまで販売)、そして世界中でのマーケティング活動(国際的シーシャ大会のスポンサーやインフルエンサー活用)などです。Starbuzzは規制に対しても法遵守しつつ海外市場(中東・欧州)に力を入れリスク分散しています。一方、淘汰された多くの米国中小ブランドはこうした多角的戦略が取れず、一製品ヒットに依存して終わってしまうケースが多く見られました。Starbuzzの成功からは、ブランド力の構築と経営の柔軟性が鍵であると読み取れます。
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Mazaya/Adalya(マザヤ/アダリヤ) vs 地域ローカルブランド: 中東やトルコ発の比較的新しいブランドであるMazaya(ヨルダン)やAdalya(トルコ)は、2010年代に勃興し世界シェアを拡大しています。これらは積極的なグローバル戦略とトレンドを捉えた製品開発で成功しました。例えばAdalyaは「Love 66」のようなキャッチーな甘酸っぱいフレーバーで欧州・アジア市場を席巻し、Mazayaは各国代理店を設け大量出荷で価格競争力を発揮しました。これら新興グローバルブランドに対し、Panoramaのような地元のみの小規模ブランドは太刀打ちできませんでした。経営規模の差とグローバル展開の有無が生死を分けたケースです。
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技術革新への継続投資: 生き残りブランドは製品技術のアップデートにも余念がありません。例えばStarbuzzは時代のニーズに合わせ、ニコチンゼロの蒸気式フレーバーや使い捨て電子フーカーなども試作しています。Al Fakherもヒートノットバーン(水たばこ版加熱式)の研究に着手するなど、次世代製品への備えを進めています。対照的に、旧来製品のまま手を打たなかったブランドは市場から取り残されました。研究開発への投資が未来を切り開くことは、他の嗜好品産業と同様にシーシャ業界でも当てはまります。
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コミュニティとの結びつき: 一部生き残ったブランドはユーザーファンコミュニティを大切にし、フィードバックを製品改良に活かしてきました。例えば米国のTrifectaやSocial SmokeはSNSやフォーラムで顧客との交流を図り、ニーズに即応したフレーバーをリリースするなどしています。Sahara SmokeのHookah-Freakブレンドコンテストも良い試みでしたが、継続しきれませんでした。ファンの声を製品に反映しロイヤリティを高める取り組みが出来たか否かも、明暗を分けた要因の一つです。
以上の比較から総じて言えるのは、「適応・革新・多角化」を実践したブランドが生き残り、そうでないブランドは淘汰されたということです。シーシャ市場は伝統を重んじる部分と流行に敏感な部分が混在する特殊な市場ですが、その中でバランスよく進化した者だけが勝者となることが浮き彫りになっています。
おわりに
シーシャ業界におけるブランドの興亡を振り返ると、そこには各社それぞれの興味深いストーリーがありました。百年の歴史を持つ老舗が時代の波に飲まれ消えていったり、新星が華々しくデビューしながら突然姿を消したりと、そのドラマは愛好家にとって一喜一憂の連続だったことでしょう。
本レポートで取り上げたように、ブランド消滅の背景には市場トレンドへの適応不足、競争激化、規制強化、経営上の問題、さらには偶発的な不運(戦乱やパンデミック)など様々な要因が絡んでいました。一方で、それら困難を乗り越えたブランドに共通するのは、継続的な革新と顧客志向、そして経営体力です。シーシャという伝統的嗜好品の世界でも、生存競争の原理は他業界と変わらないということが、成功と失敗の対比から浮かび上がります。
淘汰されたブランドの中には、今なお語り草となっているものも少なくありません。往年のNakhlaの味を懐かしむ声、Tangiersのカルト的人気を惜しむ声、Argeliniの幻の復活を夢見る声——シーシャ愛好家たちはそれぞれのお気に入りブランドに思い入れを持っていました。それだけに、それらが消えてしまったことは業界にとって損失でもあります。しかし、その遺伝子や影響は生き残りブランドに受け継がれているとも言えます。例えば、Nakhlaのダブルアップル文化は他社の同系フレーバーに、Tangiersの開発したファネルボウルや濃厚ブレンド手法は多くのブランドに、Argeliniの追求したスムースな煙は競合他社の商品改良に、それぞれ影響を与えています。
シーシャ市場は現在もグローバルに拡大を続けています。その中で、新たなブランドが生まれ、また消えていくサイクルも今後繰り返されるでしょう。一時の流行に終わるのか、それとも時代を超えて生き残るのか——ブランドの命運を決めるのは、結局のところ消費者に寄り添い続ける姿勢と変化を恐れない革新力ではないでしょうか。本稿で取り上げた興亡の物語は、シーシャ業界のみならず、ブランドビジネス一般にも通じる興味深いケーススタディとなっています。業界全体の動向としては、近年は合法規制との戦いと新市場開拓(アジアやアフリカでの需要増加)という新章に入っており、今まさに生き残りをかけた競争が続いています。かつて淘汰されたブランドの教訓を胸に、現存するブランドたちがどのような戦略で次代を切り拓いていくのか、今後の展開も注視されます。
最後に、過去に消えたブランドにも敬意を払い、その遺産がシーシャ文化の発展に寄与したことを強調して結びとします。シーシャブランドの盛衰は、文化とビジネスが交錯する世界において、一層のドラマを生み出し続けるに違いありません。