目次
はじめに: 個人・小規模事業者によるVAPE MODとは
VAPEにおける「MOD(モッド)」とは、電子タバコのバッテリー部分や出力制御部分のことで、ユーザーがカスタマイズできる高度なデバイスです。個人モッダーや小規模メーカーが手作り・少量生産する高性能MODは2010年代に世界中で登場し、愛好家コミュニティで人気を博しました。しかし、小規模ゆえの品質管理の難しさや経営上の課題、法規制の変化によって、様々なトラブルや事件も発生しています。本レポートでは、2000年代後半から現在までに起きた主要なトラブルやスキャンダルを年代順に整理し、その背景・原因と業界への影響を詳述します。また、業界の変遷や現在の状況についても触れます。
2000年代後半~2010年代前半: MOD市場の黎明とクローン問題
2013年: 高級機種クローン騒動(Style of Mojo社「Chi You」事件)
2013年前後、欧米やアジアの個人モッダーが製造する高級メカニカルMODが人気となる一方で、中国製の模倣品(クローン)が大量に出回り始めました。韓国の小規模メーカーStyle of Mojo社が発売した高級メカニカルMOD「Chi You」はその代表例です。非常に完成度の高い名機でしたが、高額(約数百ドル)で入手困難だったため、そっくりにコピーした安価なクローン品が登場しました。
Style of Mojo社CEOはクローン販売に激怒し、2013年8月、自社Facebookでクローンを購入した消費者の実名リストを公開するという過激な行動に出ました。これは「裏切り者」の晒し上げとも取れる行為で、正規品ユーザーの一部からは支持を得たものの、多くの第三者から「消費者いじめ」「幼稚な対応」と批判されます
。この騒動により、一部の潜在顧客は「会社の対応が酷いのでChi Youは買わない」と離れてしまい、ブランドイメージも毀損しました。
背景・原因: 小規模メーカーにとってクローン横行は死活問題でした。開発費やこだわりを盗用され売上を奪われるためです。Style of Mojo社も被害者ではありましたが、消費者個人を攻撃する対応は不適切でした。結果として、コミュニティ内でクローン問題への対応策を巡る議論が巻き起こり、高級MODメーカーはロゴ無断使用の法的措置や限定少量販売による差別化など、より成熟した対策を模索するようになります。
業界への影響: この事件は、モッダーや小規模メーカーが直面した「クローン問題」を象徴するものとなりました。以降、クローン品への対抗として法的措置に踏み切るメーカー(後述のHana Modz社など)や、あえて低価格で量産することでクローン市場を駆逐する戦略(中国大手の台頭)が展開され、MOD業界の勢力図に影響を与えました。
2014年: 安全性と経営者対応の問題(AmeraVape社「Manhattan」事件)
2014年、米国の新興モッドメーカーAmeraVape Technologies社が発売したメカニカルMOD「The Manhattan」は、高出力志向(クラウドチェイサー向け)の“コンペティションMod”として注目を集めました。しかし、この製品にはバッテリー換気孔(ベントホール)がないという設計上の問題があり、一部から「まるでパイプ爆弾のように危険だ」と指摘されました。有名レビュアーの一人であるTodd氏はレビュー動画で通気不良を指摘し、安全性への懸念を表明しました。
ところがAmeraVape社の経営陣はこの批判に対し、冷静な対応を取るどころかレビュアーを法的措置で脅すという強硬策に出ます。さらにSNS上で「真相」と称する釈明を繰り返しましたが、誤字だらけの投稿や攻撃的な言動が仇となり、コミュニティから激しい嘲笑と批判を浴びました。結果、同社はManhattanの販売中止に追い込まれます。内部的にもデザイナーとオーナー間で対立が起こり、デザイナーが離脱して皮肉にも「FUhattan(Fck U Manhattan)」と呼ばれる改良版クローンを別ブランドから発売する事態となりました。
背景・原因: 新興企業ゆえの慢心と未熟さが招いた自滅といえます。製品の安全設計(ベントホール不足)という品質問題に適切に向き合わず、批判者を脅迫するという稚拙な広報対応がブランドの信用を失墜させました。また、生産委託先の工場が余剰品を横流ししてクローン化するなどトラブルも重なり、事業継続が困難になったようです。
業界への影響: この事件は「どうすればビジネスを台無しにできるかの悪い手本」として語り草になりました。
以後、他の小規模モッドメーカー達は、安全性への配慮や批判への対応により慎重になったとされています。また、一部のユーザーの間では「通気穴のないMOD=危険」という認識が広まり、製品設計ガイドラインの見直しやレビュー文化の重要性が再確認されました。
2010年代中盤: 法廷での争い・危険な製品・初の爆発事故訴訟
2015年: クローンと法廷闘争(Hana Modz社の訴訟)
米国の小規模メーカーHana Modz社は、先進的なテクニカルMOD(Evolv社製DNAチップ搭載)を製造し、高品質で知られていました。しかし人気ゆえにクローン品が氾濫し、業績に影響が出始めます。これに対しHana Modz社は2014~2015年頃、自社ロゴを無断使用したクローン製品を販売する業者を相手取り法的措置をとりました。結果、米国内のとある販売業者から多額の和解金/賠償金を獲得することに成功します。これは小規模モッドメーカーが知的財産を守るためクローン業者と闘った初期の成功事例として注目されました。
しかし一方で、Hana Modz社自身も倫理的な批判を浴びる出来事がありました。同社はクローン追放を訴える立場でしたが、皮肉にも自社MODに他社デザインを模倣した付属品(vapeバンド)を同梱していたことが発覚し、コミュニティから「ダブルスタンダードだ」と非難されたのです。このように、小規模メーカーがクローン問題へ対処する難しさと、自社のブランディングとのジレンマが浮き彫りになりました。
背景: クローン問題が深刻化する中、Hana Modz社は法的権利の行使という手段で臨みました。正規品ロゴ・商標を無断使用した製品は米国法下で違法とされるため、メーカー本人が訴訟を起こせば勝算があったのです。実際に賠償金獲得という成果を上げ、以降他のメーカーにも一つの対抗策を示しました。
影響: この訴訟の成功は、乱立していたクローン販売業者に一定の歯止めをかける効果がありました。一方で法的措置には費用と時間がかかるため、多くの小規模事業者は泣き寝入りか、あるいは次第にクローンとの競争を諦め価格を下げるか市場から撤退する方向に向かいました。2015年以降、中国大手メーカーから低価格で品質も向上した正規品MODが続々発売され、消費者がクローンに頼らずとも安価な製品を買えるようになったことも相まって、クローン文化は次第に下火となっていきました。
2015年: 危険なMOD設計によるリコール騒動(Cherry Bomber事件)
2015年、コミュニティ内で**「Cherry Bomber」というメカニカルMODが危険だとして大きな警告喚起がありました。この製品は中国系メーカーが少量生産したアルミ製デュアルバッテリーのボックス型メカニカルMODですが、その回路設計に致命的欠陥**がありました。具体的には510接続部(アトマイザー接続部分)のセンターピンが直接バッテリー正極に繋がっており、本来スイッチですべきオン/オフ制御を筐体(マイナス側)で行う設計だったのです。このため、アトマイザー(吸口部分)の金属外装に触れるだけで通電して暴発する危険性があり、「市販してはいけない欠陥品」として非難されました。
有志による検証と注意喚起が広がり、電子タバコフォーラムでは「Cherry Bomberは文字通り爆弾だ、絶対に使うな」「全て回収・返金すべきだ」という声が多数上がりました。一部小売店ではこの警告を受けて販売中止や自主回収を行ったとの報告もあります。幸いこのMODによる重大事故の公的記録は確認されていませんが、消費者製品安全委員会(CPSC)などへの通報対象とも言及され、業界内で安全意識を高める契機となりました。
背景・原因: Cherry Bomberは、おそらく設計知識の乏しい零細業者が「とにかく通電すれば良い」という発想で作った結果、生まれた粗悪品でした。通常、メカニカルMODでも最低限の安全設計(絶縁やベントホール、スイッチ機構)は守られるべきですが、それすら欠如していた例と言えます。
影響: この事件はコミュニティによる自主的な安全検証と情報共有の重要性を示しました。メーカーや規制当局によるチェックが及ばないハンドメイド製品でも、ユーザー同士が問題点を指摘しあうことで被害を未然に防げることが証明されました。また、小規模モッドメーカーに対し「安全性を軽視すれば即座に市場から排除される」という警鐘ともなり、以降のハンドメイド系MODは安全面でのエビデンス(ヒューズ内蔵や基板採用など)をアピールする傾向が強まりました。
2015年: 初の爆発事故訴訟と勝訴(米カリフォルニア州)
2013年3月、米カリフォルニア州在住のジェニファー・リーズさん(当時20代女性)は、車内で電子タバコのバッテリーを充電中に爆発事故に遭いました。バッテリーから液漏れが起きた後、突如「パン」という音とともに爆発し、発火した電池で衣服と車のシートが炎上。リーズさんは太ももや臀部、手に深刻な火傷(第2度熱傷)を負いました。彼女は電子タバコ機器の販売店・卸業者・販売代理店を相手取り訴訟を提起し、2015年9月の陪審評決で約187.5万ドル(約2億円弱)の賠償を勝ち取ります。これは電子タバコ爆発事故に関する初めての大きな訴訟勝訴例として全米で報じられました。訴えられたVapCigs社(流通業者)などは製品の欠陥と注意喚起不足を問われています
。
背景: この頃まで電子タバコの爆発・火災事故は各地で報告されていたものの、被害者が法廷で勝訴した例はありませんでした。リーズさんのケースは、車のシガーソケット用充電器にバッテリーを接続した際の事故であり、充電回路またはバッテリーそのものの欠陥が疑われました。メーカー不明のバッテリーでしたが、流通に関わった企業にも責任が及ぶという判例になったことで、業界には緊張が走りました。
影響: この勝訴をきっかけに、電子タバコの安全性と責任問題が広く認知されました。米国では他にも同様の訴訟が相次ぎ、2017年には爆発事故被害で120件以上の訴訟が提起されたとの報道もあります。特にバッテリーや充電器の取り扱いについて、小売店やメーカーは注意書きを強化し、消費者にも**「高品質な電池を使い、適切な充電器を使用する」**といった教育が進められるようになりました。また、保険業界や法曹界でも電子タバコ事故に注目が集まり、専門の訴訟弁護士が広告を出すほど社会問題化しました。
2016年: 規制当局の介入強化とリコール要求
米国: 2016年は電子タバコ業界全体にとって分岐点の年でした。米食品医薬品局(FDA)はこの年8月、「Deeming Rule(徴候規則)」を施行し、電子タバコ製品をタバコ製品として正式に規制下に置きました。これにより2016年8月8日時点で市場に存在しなかった新製品は販売禁止となり、既存製品も将来的に販売継続するにはFDAへの事前申請(PMTA)承認が必要とされました。小規模事業者にとって高額な申請費用と膨大な書類作成は事実上不可能で、多くのメーカーがこの時点で新製品開発を断念、あるいは廃業の決断を迫られました
また同年、相次ぐ爆発事故報道を受けて米国上院議員のチャールズ・シューマー氏が声を上げます。シューマー氏は「2015年から16年初頭にかけて少なくとも66件の爆発が起きた」としてFDAと消費者製品安全委員会(CPSC)に対し「問題のある電子タバコを直ちにリコールすべき」と要求しました。特に機械式MODの構造上の危険性が指摘され、「何の前触れもなく爆発し得る極めて危険な製品」であるとして厳しい言葉で非難しています。幸い当局が即時リコールを命じることはありませんでしたが、このような政治的圧力は業界に衝撃を与えました。メーカーや小売店は自発的に事故歴のある製品を棚から下ろすなど、安全性により一層配慮する動きを見せています。
欧州: 一方ヨーロッパでも、2016年5月にEUタバコ製品指令(TPD)の改正が発効し、電子タバコ関連製品に一定の規制がかかりました。こちらは主にリキッドのニコチン濃度上限設定(20mg/ml)やボトル容量上限(10ml)、タンク容量上限(2ml)などが中心でしたが、MODについても「チャイルドプルーフ機構」や「漏洩防止設計」の義務化など安全面の要求事項が導入されました。また各国当局への製品事前通知制も始まり、新規デバイスを発売するには発売6か月前までに詳細を届け出る必要が生じました。欧州の小規模メーカーにとっては負担増でしたが、米国ほど参入障壁は高くなかったため、多くは規制に適応して事業を続けることができました。
背景: 米FDAのDeeming規則は「若者への有害影響」を懸念したものですが、結果的に大手のみが生き残れる環境を作り出しました。欧州TPDも健康被害リスク低減が目的ですが、各種制限は小規模事業者に不利に働きました。政治家からのリコール要求は世論の高まりを反映したものですが、機械式MODの場合、そもそも製造者が零細で追跡困難なケースも多く、法執行には限界がありました。
影響: 2016年以降、小規模モッドメーカーの淘汰が本格化します。米国では2016年8月までに発売された製品のみが「旧製品」扱いとなり市場に残れたため、多くのモッド開発者が8月前に駆け込みで製品をリリースする動きも見られました。しかしそれ以降新製品を出せないため、売上は頭打ちとなり、2017年以降にProVape社(後述)をはじめ老舗含む多数のメーカーが廃業しました
。また、生き残りを図るため大手タバコ企業傘下に入るブランドも出てきています。EU圏では比較的緩やかだったものの、コスト増から製品ラインナップ整理や値上げが起こり、趣味性の高いハイエンドMOD市場は縮小しました。総じて2016年はMOD業界における規制元年と言え、以降は法遵守と安全性確保がビジネス継続の必須条件となっていきます。
2010年代後半: 業界の激動(企業スキャンダルと事故死・廃業)
2017年: 企業スキャンダル(Dotmod社の内紛)
高級VAPEハードウェアメーカーとして知られた米カリフォルニアのDotmod社でもトラブルが起きました。同社は美しいデザインのメカニカルMODやRDAで人気を博していましたが、2017年前後に創業メンバーの内紛が表面化します。表向きは「経営方針の違い」による退社と発表されましたが、実際には創業者の一人に対する職場セクハラ疑惑が原因で解任されたとの情報がコミュニティで拡散されました(公式には詳細非公表)。これを契機に創業メンバー2名はDotmodを離れ、新たに**Wake Mod Co.**という別ブランドを立ち上げます。Dotmod社自体も生産を米国から中国に切り替え、大量生産路線へ転換しました。
背景: 小規模とはいえ成功していた企業内でのハラスメント問題は、当時社会的に注目され始めていたMeTooムーブメントの潮流もあり、看過できない状況でした。Dotmodはブランドイメージを守るため公には「我が社の価値観にそぐわない行為があったため人事措置を講じた」とだけ述べ、詳細を伏せました。しかし裏事情はSNS等で瞬く間に広まり、コアなファン層に動揺を与えました。
影響: Dotmod社はデザイン性の高さで支持されていただけに、一連の騒動でブランド離れを起こす懸念がありました。実際、一部ユーザーは「経営陣が刷新されたDotmod製品の品質低下」や「中国生産への移行」に不満を表明しています(当時の口コミより)。もっとも、その後もDotmodブランドは存続し、新製品も出していますが、市場シェアは新興のWake Mod Co.などにある程度奪われました。この事件は、小規模と侮れない企業統治やコンプライアンスの重要性を示し、モッド業界も一般企業同様の組織課題を抱える段階に入ったことを意味します。
2017年: 老舗ProVape社の廃業(規制による市場撤退)
2017年2月、アメリカの名門モッドメーカーProVape社が突然の閉業を発表しました
。ProVapeは2010年に初代ProVariを発売して以来、「壊れにくく高信頼性の電子タバコ」(軍用グレードの回路と重厚なステンレスボディ)として多くの愛用者を持っていました
。しかし同社は「今後施行されるFDAの新規制下では事業継続が困難」として、7年間の歴史に幕を下ろしたのです。発表メールでは**「FDAの規制強化と市場競争激化により、製造停止と会社閉鎖を決めた」**と説明されています。
ProVariシリーズは品質の高さで知られた反面、性能面(出力や機能)は年々進歩する中国製廉価機に及ばなくなっていました
。$200近い価格に対し、中国製なら$50程度でより高出力・多機能なMODが買えるようになり、市場競争力が低下していたのも事実です
。そうした中でFDA規制による新製品投入禁止が追い打ちをかけ、「自社開発チップでゆっくり改良を重ねる」という経営戦略が立ち行かなくなったと考えられます。
背景: FDA規制に対応すべく数百万ドル規模の資金を投じられるのは大企業のみであり、中小は太刀打ちできませんでした。またProVape社の場合、「安全第一で保守的な製品開発」という美点が逆に仇となり、スピード重視の市場に適応できなかった面もあります
。
影響: 業界黎明期から活躍したProVapeの退場は、多くのファンに惜しまれました。同時に**「アメリカンドリーム的」だった個人発のモッドビジネスが終焉を迎えつつある**ことを象徴する出来事でもありました
。以降、米国市場では小規模メーカーは影を潜め、ハードウェアは中国大手企業(SMOKやJoyetech、Vaporesso等)が事実上独占する形に変化していきます。一部の高級路線ブランドは欧州や他地域で細々と生き残りましたが、2018~19年頃までにハイエンド専門メーカーの多くが撤退または縮小しました。ProVape廃業はそうしたドミノ倒しの幕開けといえます。
2018年: VAPE史上初の死亡事故(Smok-E Mountain社メカニカルMOD爆発)
2018年5月、米フロリダ州で当時38歳の男性がVAPEデバイスの爆発により死亡する事件が発生しました
。これは電子タバコ関連では世界初とされる死亡事故で、大きく報じられました。事故を起こしたのはフィリピン製のSmok-E Mountain社製メカニカルMODで、男性が使用中に爆発し、本体の一部(破片)が頭蓋内に突き刺さったことが死因とされています
。また爆発後に発生した火災で身体の80%に火傷を負った状態で発見されました。検視の結果、頭部の**「射出創(投射物による外傷)」**が致命傷だったと報告されています。
Smok-E Mountain社の代理人は「原因はバッテリーの不良か、装着していたアトマイザーの問題ではないか」とコメントし、自社品のクローン(模倣品)やユーザーの誤使用が関与した可能性を示唆しました。実際、後の調査では当該MODに使われていた18650電池の品質や保護機構の有無が問題視されています。ただ、機械式MODそのものが電子制御や保護回路を持たない構造ゆえにリスクが高いのも事実で、本件でももし保護回路付きの規制式MODを使っていれば防げた事故だったと指摘されています。
背景: フィリピンはメカニカルMODの名産地で、多数のハンドメイド製品が輸出されていました。その多くは高品質でしたが、市場には模倣品も存在し、またユーザーの知識不足による誤使用(低抵抗すぎるビルドや不適切なバッテリー使用)が重なると事故につながります。本件の男性も使用方法やバッテリー選択を誤った可能性があります。
影響: 初の死亡事故は業界内外に衝撃を与えました。テレビや新聞でも大きく取り上げられ、電子タバコ=爆発する危険なものというイメージが広まりました。これを受けて**「メカニカルMODは上級者向けであり、十分な電気知識がない人は手を出すべきでない」との警告が専門家から発信されました。また、国際的試験機関であるUL(米保険業者安全試験所)は2018年前後に電子タバコ機器向けの安全認証規格UL 8139**を策定し、バッテリー暴走防止設計を備えた製品のみ認証マークを与える制度を開始しました
メーカー側でも機械式から保護回路付きの「セミメカニカル」への移行や、通電テストの徹底など、安全対策が強化されています。
2019年: 二例目の死亡事故と訴訟(テキサス州の事件)
2019年1月、米テキサス州でも24歳の男性がVAPE機器の爆発により重傷を負い、翌日死亡する事故が起きました。こちらはFort Worth市のショップで購入したメカニカルMODを駐車場で使用しようとした際、搭載バッテリーが爆発し首の動脈を損傷したものです。破片が顎から首にかけて貫通し、頸動脈を裂いたことが死因でした。遺族は2020年、この製品を販売・組立した店舗を相手取り100万ドル規模の損害賠償訴訟を起こしました。
訴状によれば、店員がバッテリーの取り付けと使用方法を指導したにもかかわらず事故が起きたとして、「不適切な組立・警告不足」に責任があるとしています。使用されていた電池自体の欠陥も疑われましたが、メーカー名は特定されず、販売店側の過失に焦点が当てられています。
背景: このケースではショップ店員が初心者にハイパワーなメカニカルMODを販売し、結果的に誤った扱いをしてしまった可能性があります。専門知識を持たない利用者が増える中で、小売側にも製品選別や使用教育の責任が問われた事例といえます。
影響: 二度目の死亡事故と訴訟は、米国の小売店にとって他人事ではなくなりました。多くのショップが高リスクな機器や電池の販売管理を見直し、スタッフ研修でバッテリー安全教育を強化しています。また一部の販売店では、初心者には機械式を売らない、自社で動作確認した安全な組み合わせでのみ販売するといった自主規制を設けました。法的にも、小規模事業者だからといって免責されることはなく、むしろ大手と違い訴訟への体力がないため致命傷になり得ることが認識されました。以降、米国内ではメカニカルMOD市場が急速に縮小し、安全機能付きのテクニカルMOD中心へシフトしていきます。
2020年代: 大量閉店と新時代への移行
2020~2021年: 規制完全施行と業界の大量退場
FDAは猶予を経て2020年9月をもって電子タバコ製品のPMTA提出期限を迎えさせました。これに伴い、期限までに申請を行わなかったメーカー・ブランドの製品は**違法製品(販売不可)となりました
。小規模企業の多くは申請自体を断念していたため、この時点で正式には市場から撤退したことになります。一方、申請を出していた一部企業も2021年9月までに次々とMDO(販売拒否命令)**をFDAから受け取り、数百万件に及ぶ申請が却下されました。結果、合法的に米市場に残れたのは、2022年初頭時点でタバコ大手が出資するカートリッジ式デバイス(VuseやNJOYの一部製品など)に限られる状況となりました。事実上、小規模事業者の製品は全滅状態です。
もっとも、その後もしばらくは非合法状態で営業を続ける業者もありました。FDAはまず警告書送付(約300通)で対応し、2022年になると司法省と協力して悪質な違反業者6社に販売禁止の恒久的差止命令を裁判所に求めました。これらは「警告無視・営業継続」していた会社で、連邦当局が電子タバコ企業に法執行措置を取った初のケースとなりました。小規模6社(ミネソタ、ウェストバージニア、ワシントン州など所在)には営業停止かつ今後遵守しない場合は経営者個人に巨額罰金という厳しい内容が突き付けられています。
背景: 2020年以降、米国では未承認VAPE製品の販売は違法となりましたが、FDAの監視リソース不足やコロナ禍もあり、徹底できていませんでした。違反業者の中には「どうせ全部には手が回らない」とタカをくくる例もあったため、FDAは見せしめ的に訴訟を起こしたと考えられます。実際挙げられた6社はいずれも零細企業で、大手への訴訟は皆無でした。これは資金力のない中小から締め付ける逆ピラミッド型の執行で、「巨大企業(JUULやVuseなど)には甘く、小企業には厳しい」と批判も呼びました。
影響: こうした規制完全施行により、米国の小規模VAPEメーカーの多くは消滅するか地下化しました。ハンドメイドMOD文化はSNSやフォーラムの奥まったところで極少数が続けるのみとなり、広く公に販売・流通されることはほぼなくなりました。一方で規制の抜け穴を突き、ニコチン合成塩や使い捨てVAPE(PMTA提出義務を逃れた製品)を販売する新たなグレー市場も台頭しましたが、それらはMODというよりポッド型デバイスが主流です。つまりニッチな趣味品としてのMOD市場は壊滅し、代わりに大量生産されるディスポーザブルやポッドが2020年代の主役となっています。
現在の状況: 業界再編とモッド文化の行方
2020年代中盤の現在、VAPEハードウェア業界は大きく様変わりしました。一般市場では低価格・手軽な使い捨て電子タバコやポッド型デバイスが大半を占め、かつて隆盛を誇った「箱型MOD・チューブMOD+アトマイザー」を自由に組み合わせるスタイルは、愛好家の一部に細々と残るのみです。
個人モッダーや小規模MODメーカーは、法規制が比較的緩い国や愛好家コミュニティ内で限定的なカスタム品を販売する形に移行しています。例えば欧州では今も少数の高級MODブランド(ドイツのDicodesなど)が存続し、新素材やアート的アプローチの製品を少量リリースしています。東南アジアでも根強いファンに向けてフィリピン製メカニカルMODが限定販売されるケースがあります。ただし表立った宣伝や大規模展開は難しく、Facebookグループや招待制コミュニティで情報が回る裏マーケットに近い状況です。
日本においては、ニコチンリキッドの規制上メインストリームの電子タバコ市場自体が小さいため、MODメーカーもほとんど存在しません。しかし海外製ハードの輸入愛好者はおり、国内のVAPEコミュニティでも安全な電池の使い方や製品選択に関する情報共有が続けられています。
安全面: 現代のデバイスはほぼ全て過充電保護や短絡保護を備えたチップ内蔵式となり、2010年代前半に問題となったような爆発事故は激減しました。各国当局もバッテリー単体の安全啓発(例えば「裸の電池をポケットに入れるな」「傷んだ電池は廃棄せよ」など)を積極的に行っています。ユーザー側のリテラシーも向上し、Ohmの法則など知識抜きで危険な改造を行う人は減りました。その意味で、黎明期に見られた無謀な使い方による事故や粗悪品による惨事は、業界成熟とともに沈静化したと言えます。
総括: 個人や小規模事業者が切り拓いたVAPE MODの世界は、一時は技術革新とユーザー主体のカルチャーを生み出しましたが、技術のコモディティ化と規制の波に飲まれ、大きく縮小しました。現在残っているのは、洗練された一部の高級ブランドとDIYスピリットを受け継ぐ趣味人だけかもしれません。それでも、過去のトラブルや事件から得た教訓は業界全体に活かされ、安全性や製品品質、ビジネスマナーの向上に寄与しました。今後もし新たなモッダーが現れるなら、ここで振り返った歴史を踏まえ、栄光と挫折の軌跡から多くを学ぶことでしょう。